住居空間は人間の人生を入れる器だ。
それなら韓屋(ハンオク)は韓国人の人生を入れた器でしょうか?
暮らしが時代と共に変化してきた様に、私達の住居空間も時代と共に変化し、適応してきました。
社会制度と生活様式がたくさん変化してきたこんにちですが、今も韓屋(ハンオク)生活に固執する人々がいます。
彼らはなぜ韓屋に住みたいのでしょうか?
忘れられた過去に対する郷愁でしょう。
おそらくこれは便利さを整えた現代式アパートや住宅商店複合建物が与えることの出来ない情緒的な豊かさを 韓屋で味わうことが出来るからでしょう。
季節と自然の変化を体で感じることができ、
あたたかな中庭で暮らしの余裕を探すことができる場所。
韓国人の伝統的な安らかさと親しみを感じることができる場所。
もしかしたら韓屋は私達にとって精神的に最も豊かな生活空間なのかも知れません。
韓屋(ハンオク)
東南アジアの水上家屋、遊牧民族のテント、中東の土壁の家、ヨーロッパの丸太の家...
韓国の場合、変化の激しい山々と川が多く四季が明確な自然環境を持っています。
また自由で多様な物を好む韓国人の性格と、中国から伝わった儒教思想と多様な韓国固有の伝統文化が混ざり合い韓屋が誕生することになりました。
時代と共に、西洋建築物がますます増えるのに伴い,現在は韓屋が徐々に姿を消しつつありますが、今でも韓屋は私たちの生活文化に根強く残っています。
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韓国の韓屋とは
- 風水に基づいた建築構造
- 独立的ながらも開放的な個室の多様な空間配置
- 中庭、オンドル、個室、広い居間、屋根、基壇、軒など環境的な家屋構造
ピョラダンはソウルは北村にある 雲峴宮 (ウニョングン)の跡地に位置する朝鮮王家の気勢を含む韓屋です。
ピョラダンは韓国人だけでなく世界の人々にも韓国の伝統と文化が残る韓屋を紹介し、また韓屋滞在を通して感じることの出来る人生の趣きと余裕を皆様にも感じて頂きたいと思います。 |
北村はソウル600年の歴史を誇る韓国の伝統居住地域です。
昔から景福宮(キョンボックン)と昌徳宮(チャンドックン)、宗廟(チョンミョ)の間に位置する地域として苑西洞、斎洞、桂洞、嘉会洞、仁寺洞(インサドン)で構成されています。
北村は清渓川(チョンゲチョン)と鍾路(チョンノ)の上部の地域と意味で北村という名前で呼ばれ、今の南山に該当する鍾路の下部の地域は南村と言われました。
当時北村には朝鮮時代王族や権力ある官吏が住み、南村には下級官吏が住んでおりました。
雲峴宮は朝鮮第26代王の高宗の実父、興宣大院君の邸宅として、高宗が誕生し即位する12才 まで過ごした家です。
現在は興宣大院君の家と、1910年代に新しく建設され徳成女子大学本館として使用された西洋式建物を合わせて史跡第257号に指定されました。
雲峴宮の位置は昌徳宮と景福宮の中間付近で今の雲峴宮と徳成女子大学の場所に該当します。
しかし増築して規模が最も大きかった時は、周囲の兵の長さが修理となり4つの門が雄大であたかも宮廷の様に厳粛だったと言われたその場所は、現在の徳成女子大学、旧tbc放送局、日本文化院、キョドン小学校、三換企業のある一帯だと伝えられています。 |